「一度決めた事務所や店舗の家賃は下げられない」とお考えの方も多いかもしれませんが、そんなことはありません。弊社もつい最近、2カ月だけですが、家賃の大幅引き下げに成功しました。しかも、それは貸主からの一方的な申し出でした。今回はその裏にある賃料引き下げに必要なテクニックについて明らかにします。
弊社も「家賃は下げられない」と思っていました。いや、今でも「交渉では家賃は下げられない」と思っています。ですので、入居以来ほったらかしにしてきました。それどころか、昨年、管理費上昇を理由とした賃料の値上げがあり、それも甘んじて受け入れてきました。値上げ抑制の交渉に弊社の人員の時間を割くよりも、もっと有効な時間の使い方があると考えていたからです。
そのうちの1つは、移転先探しです。現在のオフィスはかなり良いもので、移転先は当然、「それよりもさらに費用対効果の勝るものを」と考えていたのでかなり難航しました。ようやく千代田区で条件にかなう物件が見つかったので、このたび晴れて解約を申し入れたのです。そう、弊社ではさらさら現在の貸主と賃料交渉をするつもりはありませんでした。
こちらとしては、解約の話なので淡々と済ませるつもりが、先方からいきなり「2カ月だけ賃料を●円にしたら、考え直してくれますか?」との話が出てきたのです。その金額は新しいオフィスの家賃よりも安かったので、「2カ月後に賃料が戻ること。その時には違約金なしにこちらは解約できること」を確認し、新しいオフィスには6月からの契約とすることを伝え、2カ月分の家賃の大幅引き下げとなったわけです。
さて、何が起こっていたのでしょう? 実は弊社は交渉ではなく、調達を行っていたのです。
「調達? 調達って交渉の事だろう? 『交渉では家賃は下がらない』って自分で言ってるじゃないか!」と思われたかもしれません。確かに、一般的には、調達、購買は「交渉で価格を引き下げる仕事」と思われています。しかし、調達?購買のプロフェッショナルほど、交渉では価格は下がらないことを知っています。
調達?購買の仕事は、簡単に言うと「必要なモノを適正な価格で取得すること」であって、交渉はその手段の1つにすぎません。しかも、交渉に関わる知識は、あまりにも基本的すぎて、知らなければ馬鹿を見ますが、優れたサプライヤほどその辺りの知識は備えており、優良なところになればなるほど、交渉で価格を下げることはできません。
●調達?購買による価格低減の余地は2割にすぎない
一般的には、「価格の8割は必要なモノで決まり、その後の調達?購買による価格低減の余地は2割にすぎない」と言われています。しかもその2割のうち、大きな要素は交渉ではなく、「どのサプライヤと交渉するか」です。なぜなら、売価の主な決定要素は、サプライヤのコスト、競争環境、意思で、そのうちのコストと意思が、各サプライヤやそのビジネスモデルによって大きく異なるからです。
例えば、どんなにあなたが交渉がうまくても、相手のサプライヤが日本人を使っている限り、途上国と同じコストで同じモノを提供するのは難しく、一方、Googleのように圧倒的な立場にある会社は、いくら提供コストが限りなく0に近くても、交渉に応じる気はさらさらない。かように、サプライヤにも事情があり、あなたの要請に応えたくても応えられない、余裕で応えられてもさらさら応える気がないなど、相手によって交渉の結果は大きく左右されます。
加えて、オフィスや店舗は、企業の支出の中でもかなり特殊な部類に入ります。契約前はある程度、選択の余地がありますが、一度入ってしまうと、引越しや現状回復、引越しに関わる印刷物などの刷り直しなど、スィッチングコストが大きく、短期間でこれらの費用を回収できるくらい賃料が安いといったメリットがないと、なかなか切り替えができません。店舗の場合、これに、今までつちかった顧客のトラフィックを一気に失い、1から作り直すリスクが加わるため、なかなか見直しというわけにはいきません。貸主もその辺りの事情は見越していますので、賃料引き下げ交渉にはなかなか乗ってくれません。みなさんが「1度決めた事務所や店舗の家賃は下げられない」と考えるのは、あながち間違っていないのです。
「家賃削減代行の会社はどうなんだ? 彼らは『交渉で価格を下げる』と言っているぞ」と思われたかもしれません。確かに賃料交渉、家賃削減代行会社の中には、交渉だけというものもあるかもしれませんが、弊社が付き合っている会社は、各社とも類似物件の賃料のデータベースを持ち、それをベースに担当物件の適正賃料を算出し、それをもとに交渉します。ですので、彼らは基本的には適正な価格までの家賃引き下げには対応しますが、それ以上の引き下げについてはたいていは引き受けません。それ以上は交渉で下がらないこと、ムダな作業になることが分かっているからです。
交渉術や交渉学は「目的を達成するためにどうメッセージを伝えるか」「どう相手のメッセージに反応するか」というコミュニケーション論が中心です。そう考えると、賃料交渉、家賃削減代行会社のノウハウ、価値の源泉は、交渉というよりも適正賃料の算出にあります。彼らのやっていることは、交渉ではなく、調達で言うところの市場ベンチマークの収集やコストモデリングにあたります。地域別、物件タイプ別にどれだけ細かいメッシュで、どれだけ多くの賃料情報を低コストでリアルタイムに集められるかが、これらの会社による交渉の成果を左右します。
こうして見ていくと、賃料交渉はやはり「手狭になって」などの理由で、現在のところから退去しても良いという時に行うのが最も効果的です。ただ、賃料相場は上下しており、現在も下げ基調です。また、当初の契約が適正賃料で行われている保証はありません。ですので、これまでに、適正賃料をもとにした交渉が行われていないのであれば、契約継続を前提としてもかなりの成果が出る場合があります。相手の貸主が、貴社が転居の覚悟があるのか、貴社が転居後、次の入居者がどれくらいの早さで決まるか、その時の賃料がどれくらいになっているかといった点についてどう考えているかが鍵になります。いずれにしても、家賃引き下げを打診するだけならば、貴社のリスクは低いので悪くない話です。
●家賃交渉を行う際の留意点
最後に、家賃交渉を行う際の留意点について、2点ほど述べておきます。
こうして種明かしをすると、多くの会社が自前で類似物件の情報を調べて、自分たちでやろうと考えます。しかし、仕組みもなく何件かの不動産会社に電話して得た情報ではあまりにも限りがあり、それが実際の相場を反映している保証はありません。
弊社でも、賃料交渉の代行ならいくらでもできますが、適正賃料の算出は必要な仕組みの構築が簡単にはできないため、家賃の引き下げではこうした会社と協力して行っています。
あるチェーンストアは、こうした家賃交渉代行会社を起用して、1年ほど家賃引き下げプロジェクトを行った後、ノウハウがたまったとして、自分たちで賃料交渉部門を立ち上げたとの話をうかがいました。個人的には、この取り組みは頓挫するか、あまり成果が上がらないと予想しています。このチェーンストアがためるべきはノウハウではなく、細かいメッシュのリアルの賃料データです。しかも、それらは3カ月もすれば、相場が動いてしまっているのでクズになってしまいます。よほど大きなチェーンでないとそうした情報の収集?蓄積は難しく、単純に人を張り付けても、成果は出ないのではと考えます。
家賃交渉代行会社はほどんどが成功報酬なのですが、引き下げに成功し、実際の支払いが生じると、すべて自分たちのものにしたいというのが人情のようです。ただ、ここは彼らの本当のノウハウの部分には敬意を示し、それをいかに確保するかを考える方が得策です。
幸いにして、家賃交渉代行会社はかなりの数ありますので、「それらを競争させる」「完全成功報酬型ではなく、固定+成果連動フィーとする」など、ここでも調達が必要です。チェーン店の場合、カテゴリソーシングも有効です。家賃交渉代行会社ごとに、得意とする地域やビル店舗、郊外型、SC内など得意物件タイプが異なるため、すべての対象物件情報をすべて渡した上で、自分たちの得意な物件のみに絞った場合など、どのような組み方があるか提案してもらった上で、得意分野ごとに数社を使い分けるという方法です。
もう1つは、解約通知は特に切替コストの大きい物件の時には、本当に転居の覚悟がある時のみに使うべきという点です。
確かに解約通知を出さないと、貸主が真剣に取り合ってくれない可能性があります。弊社のケースでも解約通知をして初めて、家賃が下がりました。とはいえ、そのような貸主は「現在の賃料は適正である」「次の貸し手の算段がついている」など自分なりの考え方があると思われるので、本当に解約通知を出せる状況にならないと交渉になりません。
ある貸主さんから聞いた話ですが、「賃料引き下げプロジェクトの一貫でどの物件も一律10%の賃料引き下げをお願いしている。条件に応じなければ退去する」とFAX1枚で通告してきた企業があったそうです。この貸主は退去されても構わなかったので、その旨を告げたところ、担当者とその上司が血相を変えてあわてて謝罪に来たそうです。それが、その後の交渉にどれだけ影響したかは、容易に想像がつくでしょう。
このように代替案もない中で、一方的に最後通告する方法は、あまりにも稚拙で、不動産だけでなく、いかなる商取引でも絶対に真似をしてはいけません。ちなみに、この相手はちまたでは名門の誉れの高い大手上場企業の購買部門であったとのことです。まだまだ日本は平和ですね。(中ノ森清訓)
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引用元:信長の野望 総合サイト
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